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玉田写真館・薬品沿革

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玉田薬店
玉田の玉は薬で言う丸薬の意味、
即ち玉田は薬を意味し2代宇平が玉田と改めました。


 紙正  初代 星島正吉(庄吉) 開業  弘化4年旧正月25日没
 紙正  二代 玉田宇平 継承  明治27年旧正月7日没
 紙正薬舗  三代 玉田俊平 継承  大正15年12月14日没
 紙正薬舗  四代 玉田正俊 継承  平成4年11月14日没
 玉田薬品  五代 玉田譲 継承  現在に至る
 玉田薬品  六代 玉田亜弓 継承予定  薬品登録販売者所持
天保11年(1804年)備前国児島郡天城村において初代星島正吉が紙正の屋号で、くすり、紙などの販売を始める、正吉の死後2代宇平(明治)が姓を玉田に替え屋号紙正薬舗で先代の跡を継ぐ、宇平の死後俊平(明治、大正)が紙正薬舗を継ぎ家業を行いながら茶道京都表千家師範の肩書を活かし多数の方に教える、俊平の死後正俊(昭和、平成)が玉田薬舗と屋号を改め家業を継ぎ趣味の写真を生かし写真撮影も家業に取り入れる、正俊死後譲(昭和、平成)が倉敷市藤戸町天城35-4の場所で玉田写真館・薬品として家業を継ぎ現在に至る。
初代〜4代 備前国児島郡天城村 現在の倉敷市藤戸町天城233にて商いを営む
5代      倉敷市藤戸町天城35−4にて商いを営む



二代宇平が岡山県令に提出した薬品販売の届出履歴書

明治八年初代正吉の死にともない二代宇平が岡山県令に提出した薬品販売の届出履歴書
(亡父庄吉に従い薬品取扱い修行し文化12年旧3月より備前国児島郡天城村に於いて漢洋薬品売買し候)


明治31年10月6日公告

明治31年10月6日公告、岡山県児島郡藤戸村大字天城79番を233番地に変更したことを付記す公告
(原本は襖の下張になっていました。)

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〒710-0132 岡山県倉敷市藤戸町天城35−4 玉田写真館・玉田薬品 
電話086(429)0188
営業時間AM8:30~PM19:30
写真玉田譲撮影・・・・サイト内の画像転載禁止


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